2018年4月8日日曜日

日々の生活について最近思うこと

1か月ぐらい前からケータイのテニスゲームにハマっている。Top Seed Tennis Managerという1人のテニス選手を育てるゲームだ。昔から大好きな育てるゲーで、実在選手はおそらく権利が理由で仮名になってるけど登場する。試合を経験すれば育成ポイントが手に入れられて、課金したらより多くの育成ポイントが入手できる仕組み。もちろん非課金だからむっちゃ時間がかかっているけど、目標が見えているからやり応えがある。

そしてゲームに夢中になっているからこれまでせっせと継続していたスポーツ関連の情報収集がかなり疎かになってきた。好きなら積極的に調べるもんだと信じてきたけど、今はそれができていないので、おれってもしかして大してサッカーやスポーツのことを好きではないのかと思い始めてきた。もしくは仕掛ける側の気持ちは薄れてきて、自分が楽しく消費できればそれでいいとなってきたのか。

これまでは前者の方が後者より偉い、尊い、すごい、熱い、などと思ってきたので現状を受け入れるのが難しい。けどどっちが上とかじゃなくて、自分は何がしたいのやら。ただ環境を変えれば劇的ビフォーアフターになるもんじゃないし、全ては自分がどうしたいかを考えて実行しないとただただ流されていく受け身の人生になる。

受け身の人生は安定していればこの上なく楽で気持ちがいいけど、少しでも将来の不安が見えているなら考えて実行せねば。マジでこの先どこかに転職してからの将来の不安よりも、このまま今の会社で働き続ける未来の方が不安が大きいのならばなおさらだ。


とりあえずケータイでツイッターやコラムなどを読むのは目がしんどくなってきたので使い心地がいいタブレットがほしい。iPad高いけど、買えなくもない。ぬーん。

仕事について最近思うこと

相変わらずの生活を送っております。満たされている感じなんだけど、虚無感もある。このままでは数年後に行き詰まるんだろうけど、今はまぁ満たされているから別にいいや、みたいな。問題が顕在化していないから先送りにして今を過ごしている感じ。

最近気になることを書いておく。

鮮度命、とにかくライブがおもしろい。見逃しはテレビでは不要、ネットで見れるようにすればいい。ネットでの配信もセットで抑えるのが大前提、できないなら中途半端な立ち位置になるのでやめた方がいい。けれども現実的に両方を得るのは簡単ではないことを考えると、テレビは生放送を最優先にして、再放送は隙間に編成すればいいのでは。生中継を見れなくても録画しておけば再放送より先に、というか好きな時間に見れるわけだし。

権利は独占してこそ価値がある。自分たちが強くなるというのは、競合相手の利益機会を奪うということ。もしくは非独占で権利をかき集めてラインナップ及び、そこから先で違いを生み出すか。スポーツ中継ならば実況と解説とか。まぁでも大前提で独占できないと、他でカバーするための労力が色々と発生して効率が悪くなる。


効率が悪くなるといえばテレビのようにタイムテーブル(=商品棚)に並べられる限界、制限がある(=1日24時間)と番組の優先順位をつけなければいけなくて、2番目以降の番組がせっかく化ける可能性があってもライブ中継できなくて潜在価値を発揮しきれないことが多々ある。もしくは制限があるせいで独占で入手できたかもしれない権利が非独占になることもある。

優先順位をどうのこうのするための調整に時間をかけている間に、制限なく編成できる(=商品を陳列できる)事業者はより便利なサービスにどんどん進化できるのでは。


みたいなことを最近はよく考えています。ていうか実在店舗とネット上の店舗との違いに似ているところもあるか。今更こんなことを考えている時点で遅いけど、もっと勉強することで今の仕事につなげて儲けられることも増えるのでは。

それと2年ぐらい前に新規開拓だけじゃなくて既存顧客の引き留めも同時進行で必要だべと思って会社内であーだこーだやろうとして頓挫し、今ごろ上の方から既存顧客の引き止めが必要だと大号令が出て力が抜けた。ふざけんな、今さら言うなと。でもまぁヘソを曲げても仕方がないし、当時のおれの伝え方が未熟だったと思えばいいだけで。おれの予想は当たっていたのならば、これからもアンテナは張り続けて、伸びしろがありまくる伝え方を磨く必要があるということだ。

2017年9月1日金曜日

満たされた生活

32歳の秋、日常生活を取り戻したというか、ものすごく平穏な日々を過ごしている。20代まで、というのか鬱病にやられるまでは初詣でいつも「今年も波瀾万丈な日々がやってきますように」と願っていた。そして訪れたトラブルも気合と情熱で張り倒して自分の糧にしちゃうことで自分の成長を感じていた。実際に仕事の幅が広がり、頼まれごとが増えるなど目に見えて成長を感じられることも多かった。

ところがどっこい、病に倒れ、仕事に復帰してリハビリ期間を終えたものの、その間に考えが大きく変わった。妻とのJリーグ観戦を最優先できる今の生活、最高。これぞ自分が追い求めていた暮らしだったんじゃないのかと。確証がないのがモヤモヤしている部分なのだけれど。

思い返せばJリーグで働きたくて仮面浪人までして別の大学に移り、スポーツ関係の長期インターンシップやバイトをしながらチャンスを探していた。これらの日々があったから今の仕事にたどり着けたと思うし、入社動機にしていた業務を今は担当できている。体調を崩した以外はまさに順風満帆な社会人生活。

そう、順風満帆だからこそ怖さを感じているのが今。仕事をこなせるようになっているから大きな山にぶつからずに程よい達成感を味わうことができる。想定外の場面がめっちゃ減っているのは先を見て入念な準備ができているとも言えるし、逆に歯を食いしばらなければいけない場面が減っている。それならば転職や部署移動でもして環境を変えることで更なる刺激を求めた方がいいと思っていたのが病気する前まで。今はというと、このような状況で転職や部署移動をした方がいいと思うのは仕事を最優先に考える人の行動であって、自分は違うよなー、と。


大学時代にスポーツの力で人々の生活がより心豊かにできると学んだ。しかも親会社に頼りまくるのではなく、地域経済に貢献しながら経済的にも豊かにできるという挑戦を自分の生涯の仕事にしたい、要はリアルサカつくがしたかった。それをすることで世の中みんなが幸せになれば嬉しかったし、それこそ生き甲斐になるのではと思っていた。実際にそうしている方々に会うと輝いていて羨ましい。

今はリアルサカつくはしていないけど、スポーツの力で自分の生活は豊かになったし、買い物は繁華街まで足を伸ばさなくても家の近所で満たされる理想的な生活環境を手に入れた。「スポーツのある生活は素晴らしいんです!」と社会に訴えて世の中を自分なりにより良くしている間に、スポーツのある素晴らしい私生活も手に入れてしまった。けれどもスポーツのある素晴らしい生活を世に発信することを仕事にし、今の私生活と両立させることはおれが知っている限りは無理。

仕事を人生の中で最優先に考えていたら東京の同業他社への転職を考えていただろうし、幸いにも何度か声をかけてもらえた。そして転職の誘いを受けたことがこれまでの自分の仕事が評価される、自分のこれまでを肯定できる心の支えにもなっている。


それでもモヤモヤした思いがずーっと心の中にあって気持ち悪いのは自分が今の会社でベストを尽くしていないとか、物足りなさを感じているからなのかな。モヤモヤした時に決断して勝負する人生に魅力を感じるけれど、自分はそういうことは高校や大学時代に色々したから今はもういいやーと思うことも。これは過去の栄光にしがみついているだけだから良くないのかもしれないけど、とりあえずモヤモヤした日々が今も続いている。

転職すれば物事が解決するならいくらでもするけど、そういうもんでもないし。東京の方が同業の仕事がたくさんあるのは知っているけど、東京に行くことで今の家から徒歩15分でのサッカー観戦という夢のような生活ができなくなる。どうせ大阪を離れるなら東京じゃなくて海外に行った方が気持ちも割り切れるだろうし。

ひとまず今は具体的にやりたいことがないから、人に会ったり本を読んだり、百聞は一見に如かずで色々と見聞きして人生どうしたいか考えようか。現場でバリバリ活躍している仲間はたくさんいるし、置いていかれる不安や怖さはあるけれどit's never too lateな気持ちを保ち続ければいいんだし。


とりあえず来年の6月も4年に一度のライフワークとしてロシアにいってきます。仕事の都合でいけないのであれば退職してでも行くわな。ライフワークと仕事のどっちが大切かと問われれば、答えは余裕でライフワークでしょ。

2015年10月12日月曜日

体調は安定して低迷中

右足首の出術後、リハビリは順調。出不精なおれが重い腰を上げればジョギングもできるぐらい。けれども鬱の影響で体力がかなり落ちており、なかなかスカッとした一日が訪れない。仕事はカレンダー通りで残業もなく、日勤のみだけど金曜日には憔悴しきっている。そして風邪もひきやすく、完治するのにも以前より日数がかかっている。

そんな日々を送っていたら、いつの間にか10月になっていた!8月1日まで新卒採用の業務を担当させて頂き、元の部署に復帰させてもらえた。ほんで上記の通りの体調だから、水曜日に有給を使ったりしている。

1年前からは変わり果てているけど、現状を受け入れて、できることをコツコツとやるしかないわな。自分に対するもどかしさや悔しさはあるし、周りへの申し訳なさもゼロになったわけではないし。かといって、そんな風に思っても身体にまで変化が起きているんだから現状を受け入れるしかない。受け入れた上で、どうやって良くしていくか。

定時帰宅が基本なので、飲みにいくことも激減した。終電、もしくはタクシー帰りになるまで飲んでいた日々が懐かしい。今そんなことをしたら次の日は一日中ダウンしていると思う。あの元気がほしいけれど、まぁ今の人生において最優先させることではないわな。

今はとにかく「普通」に出社して、毎日を過ごせることが大事だから。この状態をずっと続けたいわけでもないし、いつかは前みたいにバリバリに過ごしたいけど、今は今だもんな。ふぅ、こうやって現状を肯定しようとするのもストレスになるのね。なかなかしんどいもんだ。

そういえば体調が優れないので、1週間後に大腸検査を受けてくる。体調不良の原因となっているのが見つかって改善できればと思っているけど、がん細胞はありませんように。

2015年5月21日木曜日

手術をして入院しましてん

60分ほど運動すると右足首に痛みが発生していたので、手術を受けることに。靭帯再建と骨のクリーニングで3時間ほどの予定が、軟骨も傷んでいたので、もう2時間ほど延長して軟骨を除去することに。術前に全身麻酔を受けたので術中は爆睡していたものの、噂通り目が覚めてからが地獄だった。

ここからは言葉を選ばずに当時を振り返るので、お下劣な言葉に拒否反応を示すかもな方はお引き取り下さい。


まず、移動式ベッド(何て呼ぶか忘れた)でレントゲンを撮りに行き、その後に部屋のベッドに戻ってどっこらしょとベッドに運ばれる。この間は麻酔から覚めたばかりなので意識が朦朧としていてゲロ吐きそうだったし、体をいじられたことで体が自動的に拒否反応を起こして発熱して朦朧追加だし。ベッドに戻ったらおかんに記念撮影をするようお願いしてたんだが、後にその写真を見たら自分の悶えている顔を見て唖然とした。

んで術前に看護師さんに「痛かったら遠慮せずに痛いと言って下さいね」と言われていて、ガマンできるだろうと思っていたけど、そんなわけもなく。お姉さんに座薬を突っ込まれて痛みが沈み、黙り込むまで「痛い痛い」とうめいていました。その後もタンを吐きまくるわ、吐くにも頭を動かすだけでゲロを吐きそうになるわ。とりあえず酒を飲み過ぎた時の気持ち悪さとは別タイプだったのでゲロは大丈夫でした。

車イスでトイレに行く練習では便座に座れれば修了かと思いきや、一人でションベン体勢、つまりはパンツを足元まで降ろせるかまでおねえさんにチェックされる。エロい展開を期待すらできない程しぼんでいたおれの精神状態に比例するかのごとく、息子もしぼみきっていた。術後シャワーすらできなかったので自覚できちゃうほど臭かったし。めちゃくちゃ恥ずかしかったけど、おれの気持ちなんかより、こんなのを仕事で何回も目にしている看護師さんは超過酷な職場だと学べた。すぐに思いつくだけでも数人いる看護師の友達にはもっと優しく接したい。


4人部屋だったので夜中わめいていたり、タンをペッペッ吐いていたので他の3人に迷惑をかけていたんだけど、おれ以上に隣のおっさん(無呼吸症候群)のイビキが凄かった。「ぐぉーぐぉー」というのではなく、「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」と2分ほど唸りっ放しを数十秒の休憩を挟みながらエンドレスリピート。たまに「ぶりょるるる」っていうダイナミックな屁もしててビックリした。

手術当日のおれは唸りつつも、どこかで疲れ果てて寝たんだけど、2日目は寝れず。んで寝れないと頭の中で考えていることがマイナスなことばかりで負のループに陥る。途中で仮眠程度に寝れたと思いきや、誰かをボコボコにするか、誰かに殺されそうで必死に逃げる不健康な夢にやられ、おっさんのイビキで起きる。年末から大変お世話になった鬱病に似た症状が出てきて、このままだとヤバいと思ったので個室へ移動。

移動するにも空いている個室が最高級のVIPルームだけだったけど、ソファーで寝落ちして夜中にベッドへ移動する途中だった妻が奇跡的に起きており、足の手術で入院してんのに鬱病を再発するなんて本末転倒だということが伝わり9時ごろに無事移動。早朝4時ごろという夜勤で最も眠い時間帯であるはずなのに、真摯に対応して下さった看護師さんに永久なる幸あれ。


個室に移動してからは爆睡できた。そりゃ最高級のVIPルームだし。そして多くの親戚がお見舞いに来てくれてスンゲー助かった。入院中はクソひまだから毎日定期的に熱と心拍数を測りに来る看護師さんと話せるのが超楽しみであるほど話し相手がほしいほどヒマだったのは事実だったけど、それよりも誰かが心配してくれているというのを知れただけで泣きそうだった。困っている人には積極的に手を差し伸べるのが大切だと思った。嫌がられたら放っておけばいいのかもだけど、まずは手を差し伸べることな。

車イスで移動できるようになったらメシもベッドじゃなくて食堂で食べることに。食堂での席は指定されて固定メンバーなので、同じ卓のおじいちゃんたちと色々と話す。ひとりでベッドメシをしていた時は食事の時間を楽しいと思うことは皆無だったものの、食堂に移ってからは人と話せる食事の時間がすごく大切になった。おじいちゃんたちからは「病院じゃなくて街中で元気に再会しましょう」との言葉を頂いた。

あと、82歳で3度の全身麻酔を経験しているおじいちゃんは「こんだけ手術をしまくっているのに死んでいないってことは、命を無駄にしたらアカンってことや」と言っていた。人生を大切にせねば、ってことか。そして退院日には叔父が家まで1時間ほど車で送ってくれた。マジでありがとうございます。


昨年末からの鬱病と今回の入院で、本当に多くの方の支えのおかげでおれの人生が成り立っている事実を知ることができた。これまでのおれはどんだけ周りを見ずに突っ走っていたのか。まぁ、それはそれで多くのことを経験できて良かったけど。ぶっ倒れたないと異動もなかっただろうし、今の仕事をさせてもらっているのも半年前では想像もできなかったわな。

これから右足の長いリハビリがあり、それが終わったら左足を診てもらうので今度は左足を手術という可能性も無きにしもあらず。でも、最悪いつか歩けなくなる可能性を今のうちに小さくすることができるなら今のうちにやるしかねー。そんな昨今です。

2015年4月26日日曜日

手術を受けることになりましてん

ようやく復職できたものの、医者からは体力も回復力が戻るまでは無理をしたらいけないと言われている状況。そして遊びのフットサルでいつもどおり足首を捻挫した。帰宅して処置をしてから寝ようとしたら痛過ぎて寝れず。フルマラソンをゴールとした治療をしたいと伝えたら、CTやMRIも撮り、最終的には手術をすることに。5月中旬に実施されるんだけど、手術前日から一週間も入院することに。まぁ、仕事を3カ月も休職していたから一週間の入院と聞いてもあまり驚かなかったような。

会社の先輩からは今年は体のメンテナンスという言葉を頂いてホッとした。それにしても妻が最近かなり疲れていて申し訳ない。申し訳ないならおれが完全復活するしかないのだが、まぁ時間はかかりそうだし。思い返せば去年の9月ぐらいから例年通り年末まで夜勤と週末勤務が増えてすれ違いだったし、仕事が落ち着いたかと思ったら鬱で3カ月も休職したし。んで復職できたと思ったら手術の予定だもんな。そりゃ夫がこんな状況だとたまんねーわな。健康第一だ、ホント。

そういえば生命保険で色々と手厚く(=高額な)契約しているので、担当の方に連絡をしてみたら、いつもとは違うめんどくさそうな感じだった。まぁ、そりゃそうか。いや、でもこっちは困る!担当者の態度がむかつくから解約したところで、この半年のおれの体調を考えると新たな保険契約は難しいだろうし、保険料もハイパー高くなるだろうし。世の中よくできてるもんだわな。

とりあえずゴールデンウィークは新入社員の頃以来、つまりは6年ぶりのガッツリ休みだけど、脚の治療とかで金がかかりまくったから帰省する予定ナス。大阪でボーっとしようかしら。どこかに旅行に行こうとしても人が多いしな。

2015年4月9日木曜日

復職したでやんすー!

昨日、無事に復職した。といってもフルタイムではなくて、調子を見ながら半日出勤で出勤することに慣れていく状況。異動もして、これまででは考えられなかったような勤務状況と業務内容だけど、ここでしっかりと働いて以前の業務に戻れればと思っている。

思った以上に出勤するだけでも疲れがたまるもんで、早めに帰宅してもソファで爆睡してしまっているこの2日間。以前の業務に戻りたいがために今ここで張り切り過ぎても鬱が再発する可能性は大いにあるので、ボチボチやっていこう。勤務時間も限られているから、マジで業務効率化が求められているような。

仕事が終わってから朝までコースで飲みに行ったりもしたいけど、今は働く体力を戻さなきゃだから我慢しなきゃというのも試練だぜ。何はともあれ、リハビリ中なので、根気強く、でも無理したら再びポキっとなるので、地道にのんびりと働きます。