2017年9月1日金曜日

満たされた生活

32歳の秋、日常生活を取り戻したというか、ものすごく平穏な日々を過ごしている。20代まで、というのか鬱病にやられるまでは初詣でいつも「今年も波瀾万丈な日々がやってきますように」と願っていた。そして訪れたトラブルも気合と情熱で張り倒して自分の糧にしちゃうことで自分の成長を感じていた。実際に仕事の幅が広がり、頼まれごとが増えるなど目に見えて成長を感じられることも多かった。

ところがどっこい、病に倒れ、仕事に復帰してリハビリ期間を終えたものの、その間に考えが大きく変わった。妻とのJリーグ観戦を最優先できる今の生活、最高。これぞ自分が追い求めていた暮らしだったんじゃないのかと。確証がないのがモヤモヤしている部分なのだけれど。

思い返せばJリーグで働きたくて仮面浪人までして別の大学に移り、スポーツ関係の長期インターンシップやバイトをしながらチャンスを探していた。これらの日々があったから今の仕事にたどり着けたと思うし、入社動機にしていた業務を今は担当できている。体調を崩した以外はまさに順風満帆な社会人生活。

そう、順風満帆だからこそ怖さを感じているのが今。仕事をこなせるようになっているから大きな山にぶつからずに程よい達成感を味わうことができる。想定外の場面がめっちゃ減っているのは先を見て入念な準備ができているとも言えるし、逆に歯を食いしばらなければいけない場面が減っている。それならば転職や部署移動でもして環境を変えることで更なる刺激を求めた方がいいと思っていたのが病気する前まで。今はというと、このような状況で転職や部署移動をした方がいいと思うのは仕事を最優先に考える人の行動であって、自分は違うよなー、と。


大学時代にスポーツの力で人々の生活がより心豊かにできると学んだ。しかも親会社に頼りまくるのではなく、地域経済に貢献しながら経済的にも豊かにできるという挑戦を自分の生涯の仕事にしたい、要はリアルサカつくがしたかった。それをすることで世の中みんなが幸せになれば嬉しかったし、それこそ生き甲斐になるのではと思っていた。実際にそうしている方々に会うと輝いていて羨ましい。

今はリアルサカつくはしていないけど、スポーツの力で自分の生活は豊かになったし、買い物は繁華街まで足を伸ばさなくても家の近所で満たされる理想的な生活環境を手に入れた。「スポーツのある生活は素晴らしいんです!」と社会に訴えて世の中を自分なりにより良くしている間に、スポーツのある素晴らしい私生活も手に入れてしまった。けれどもスポーツのある素晴らしい生活を世に発信することを仕事にし、今の私生活と両立させることはおれが知っている限りは無理。

仕事を人生の中で最優先に考えていたら東京の同業他社への転職を考えていただろうし、幸いにも何度か声をかけてもらえた。そして転職の誘いを受けたことがこれまでの自分の仕事が評価される、自分のこれまでを肯定できる心の支えにもなっている。


それでもモヤモヤした思いがずーっと心の中にあって気持ち悪いのは自分が今の会社でベストを尽くしていないとか、物足りなさを感じているからなのかな。モヤモヤした時に決断して勝負する人生に魅力を感じるけれど、自分はそういうことは高校や大学時代に色々したから今はもういいやーと思うことも。これは過去の栄光にしがみついているだけだから良くないのかもしれないけど、とりあえずモヤモヤした日々が今も続いている。

転職すれば物事が解決するならいくらでもするけど、そういうもんでもないし。東京の方が同業の仕事がたくさんあるのは知っているけど、東京に行くことで今の家から徒歩15分でのサッカー観戦という夢のような生活ができなくなる。どうせ大阪を離れるなら東京じゃなくて海外に行った方が気持ちも割り切れるだろうし。

ひとまず今は具体的にやりたいことがないから、人に会ったり本を読んだり、百聞は一見に如かずで色々と見聞きして人生どうしたいか考えようか。現場でバリバリ活躍している仲間はたくさんいるし、置いていかれる不安や怖さはあるけれどit's never too lateな気持ちを保ち続ければいいんだし。


とりあえず来年の6月も4年に一度のライフワークとしてロシアにいってきます。仕事の都合でいけないのであれば退職してでも行くわな。ライフワークと仕事のどっちが大切かと問われれば、答えは余裕でライフワークでしょ。

2015年10月12日月曜日

体調は安定して低迷中

右足首の出術後、リハビリは順調。出不精なおれが重い腰を上げればジョギングもできるぐらい。けれども鬱の影響で体力がかなり落ちており、なかなかスカッとした一日が訪れない。仕事はカレンダー通りで残業もなく、日勤のみだけど金曜日には憔悴しきっている。そして風邪もひきやすく、完治するのにも以前より日数がかかっている。

そんな日々を送っていたら、いつの間にか10月になっていた!8月1日まで新卒採用の業務を担当させて頂き、元の部署に復帰させてもらえた。ほんで上記の通りの体調だから、水曜日に有給を使ったりしている。

1年前からは変わり果てているけど、現状を受け入れて、できることをコツコツとやるしかないわな。自分に対するもどかしさや悔しさはあるし、周りへの申し訳なさもゼロになったわけではないし。かといって、そんな風に思っても身体にまで変化が起きているんだから現状を受け入れるしかない。受け入れた上で、どうやって良くしていくか。

定時帰宅が基本なので、飲みにいくことも激減した。終電、もしくはタクシー帰りになるまで飲んでいた日々が懐かしい。今そんなことをしたら次の日は一日中ダウンしていると思う。あの元気がほしいけれど、まぁ今の人生において最優先させることではないわな。

今はとにかく「普通」に出社して、毎日を過ごせることが大事だから。この状態をずっと続けたいわけでもないし、いつかは前みたいにバリバリに過ごしたいけど、今は今だもんな。ふぅ、こうやって現状を肯定しようとするのもストレスになるのね。なかなかしんどいもんだ。

そういえば体調が優れないので、1週間後に大腸検査を受けてくる。体調不良の原因となっているのが見つかって改善できればと思っているけど、がん細胞はありませんように。

2015年5月21日木曜日

手術をして入院しましてん

60分ほど運動すると右足首に痛みが発生していたので、手術を受けることに。靭帯再建と骨のクリーニングで3時間ほどの予定が、軟骨も傷んでいたので、もう2時間ほど延長して軟骨を除去することに。術前に全身麻酔を受けたので術中は爆睡していたものの、噂通り目が覚めてからが地獄だった。

ここからは言葉を選ばずに当時を振り返るので、お下劣な言葉に拒否反応を示すかもな方はお引き取り下さい。


まず、移動式ベッド(何て呼ぶか忘れた)でレントゲンを撮りに行き、その後に部屋のベッドに戻ってどっこらしょとベッドに運ばれる。この間は麻酔から覚めたばかりなので意識が朦朧としていてゲロ吐きそうだったし、体をいじられたことで体が自動的に拒否反応を起こして発熱して朦朧追加だし。ベッドに戻ったらおかんに記念撮影をするようお願いしてたんだが、後にその写真を見たら自分の悶えている顔を見て唖然とした。

んで術前に看護師さんに「痛かったら遠慮せずに痛いと言って下さいね」と言われていて、ガマンできるだろうと思っていたけど、そんなわけもなく。お姉さんに座薬を突っ込まれて痛みが沈み、黙り込むまで「痛い痛い」とうめいていました。その後もタンを吐きまくるわ、吐くにも頭を動かすだけでゲロを吐きそうになるわ。とりあえず酒を飲み過ぎた時の気持ち悪さとは別タイプだったのでゲロは大丈夫でした。

車イスでトイレに行く練習では便座に座れれば修了かと思いきや、一人でションベン体勢、つまりはパンツを足元まで降ろせるかまでおねえさんにチェックされる。エロい展開を期待すらできない程しぼんでいたおれの精神状態に比例するかのごとく、息子もしぼみきっていた。術後シャワーすらできなかったので自覚できちゃうほど臭かったし。めちゃくちゃ恥ずかしかったけど、おれの気持ちなんかより、こんなのを仕事で何回も目にしている看護師さんは超過酷な職場だと学べた。すぐに思いつくだけでも数人いる看護師の友達にはもっと優しく接したい。


4人部屋だったので夜中わめいていたり、タンをペッペッ吐いていたので他の3人に迷惑をかけていたんだけど、おれ以上に隣のおっさん(無呼吸症候群)のイビキが凄かった。「ぐぉーぐぉー」というのではなく、「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」と2分ほど唸りっ放しを数十秒の休憩を挟みながらエンドレスリピート。たまに「ぶりょるるる」っていうダイナミックな屁もしててビックリした。

手術当日のおれは唸りつつも、どこかで疲れ果てて寝たんだけど、2日目は寝れず。んで寝れないと頭の中で考えていることがマイナスなことばかりで負のループに陥る。途中で仮眠程度に寝れたと思いきや、誰かをボコボコにするか、誰かに殺されそうで必死に逃げる不健康な夢にやられ、おっさんのイビキで起きる。年末から大変お世話になった鬱病に似た症状が出てきて、このままだとヤバいと思ったので個室へ移動。

移動するにも空いている個室が最高級のVIPルームだけだったけど、ソファーで寝落ちして夜中にベッドへ移動する途中だった妻が奇跡的に起きており、足の手術で入院してんのに鬱病を再発するなんて本末転倒だということが伝わり9時ごろに無事移動。早朝4時ごろという夜勤で最も眠い時間帯であるはずなのに、真摯に対応して下さった看護師さんに永久なる幸あれ。


個室に移動してからは爆睡できた。そりゃ最高級のVIPルームだし。そして多くの親戚がお見舞いに来てくれてスンゲー助かった。入院中はクソひまだから毎日定期的に熱と心拍数を測りに来る看護師さんと話せるのが超楽しみであるほど話し相手がほしいほどヒマだったのは事実だったけど、それよりも誰かが心配してくれているというのを知れただけで泣きそうだった。困っている人には積極的に手を差し伸べるのが大切だと思った。嫌がられたら放っておけばいいのかもだけど、まずは手を差し伸べることな。

車イスで移動できるようになったらメシもベッドじゃなくて食堂で食べることに。食堂での席は指定されて固定メンバーなので、同じ卓のおじいちゃんたちと色々と話す。ひとりでベッドメシをしていた時は食事の時間を楽しいと思うことは皆無だったものの、食堂に移ってからは人と話せる食事の時間がすごく大切になった。おじいちゃんたちからは「病院じゃなくて街中で元気に再会しましょう」との言葉を頂いた。

あと、82歳で3度の全身麻酔を経験しているおじいちゃんは「こんだけ手術をしまくっているのに死んでいないってことは、命を無駄にしたらアカンってことや」と言っていた。人生を大切にせねば、ってことか。そして退院日には叔父が家まで1時間ほど車で送ってくれた。マジでありがとうございます。


昨年末からの鬱病と今回の入院で、本当に多くの方の支えのおかげでおれの人生が成り立っている事実を知ることができた。これまでのおれはどんだけ周りを見ずに突っ走っていたのか。まぁ、それはそれで多くのことを経験できて良かったけど。ぶっ倒れたないと異動もなかっただろうし、今の仕事をさせてもらっているのも半年前では想像もできなかったわな。

これから右足の長いリハビリがあり、それが終わったら左足を診てもらうので今度は左足を手術という可能性も無きにしもあらず。でも、最悪いつか歩けなくなる可能性を今のうちに小さくすることができるなら今のうちにやるしかねー。そんな昨今です。

2015年4月26日日曜日

手術を受けることになりましてん

ようやく復職できたものの、医者からは体力も回復力が戻るまでは無理をしたらいけないと言われている状況。そして遊びのフットサルでいつもどおり足首を捻挫した。帰宅して処置をしてから寝ようとしたら痛過ぎて寝れず。フルマラソンをゴールとした治療をしたいと伝えたら、CTやMRIも撮り、最終的には手術をすることに。5月中旬に実施されるんだけど、手術前日から一週間も入院することに。まぁ、仕事を3カ月も休職していたから一週間の入院と聞いてもあまり驚かなかったような。

会社の先輩からは今年は体のメンテナンスという言葉を頂いてホッとした。それにしても妻が最近かなり疲れていて申し訳ない。申し訳ないならおれが完全復活するしかないのだが、まぁ時間はかかりそうだし。思い返せば去年の9月ぐらいから例年通り年末まで夜勤と週末勤務が増えてすれ違いだったし、仕事が落ち着いたかと思ったら鬱で3カ月も休職したし。んで復職できたと思ったら手術の予定だもんな。そりゃ夫がこんな状況だとたまんねーわな。健康第一だ、ホント。

そういえば生命保険で色々と手厚く(=高額な)契約しているので、担当の方に連絡をしてみたら、いつもとは違うめんどくさそうな感じだった。まぁ、そりゃそうか。いや、でもこっちは困る!担当者の態度がむかつくから解約したところで、この半年のおれの体調を考えると新たな保険契約は難しいだろうし、保険料もハイパー高くなるだろうし。世の中よくできてるもんだわな。

とりあえずゴールデンウィークは新入社員の頃以来、つまりは6年ぶりのガッツリ休みだけど、脚の治療とかで金がかかりまくったから帰省する予定ナス。大阪でボーっとしようかしら。どこかに旅行に行こうとしても人が多いしな。

2015年4月9日木曜日

復職したでやんすー!

昨日、無事に復職した。といってもフルタイムではなくて、調子を見ながら半日出勤で出勤することに慣れていく状況。異動もして、これまででは考えられなかったような勤務状況と業務内容だけど、ここでしっかりと働いて以前の業務に戻れればと思っている。

思った以上に出勤するだけでも疲れがたまるもんで、早めに帰宅してもソファで爆睡してしまっているこの2日間。以前の業務に戻りたいがために今ここで張り切り過ぎても鬱が再発する可能性は大いにあるので、ボチボチやっていこう。勤務時間も限られているから、マジで業務効率化が求められているような。

仕事が終わってから朝までコースで飲みに行ったりもしたいけど、今は働く体力を戻さなきゃだから我慢しなきゃというのも試練だぜ。何はともあれ、リハビリ中なので、根気強く、でも無理したら再びポキっとなるので、地道にのんびりと働きます。

2015年4月1日水曜日

ようやく復職できそうだ

医者には自ら会社に復帰したいことを告げたら、来週の水曜から復帰できることになった。といってもしばらくはパートのおばちゃんばりの勤務時間、勤務日数になるけど出社できるようになることがまず大きな一歩だ。

そして復帰するにあたって働き方を以前から見直さなければと思っていたので、買ったけど読んでいなかった「働き方」などの自己啓発本を読もうかと思っている。しかし、プロ野球スピリッツの新作が出てしまったので買おうか悩んでいる。買うにしても資金的にはパワプロを売った方がいいんだけれど、まだパワプロをやり尽くしていないから売りたくないという気持ちもある。

また、足の指や腰を鳴らすのが長年の癖になっているので止めようと思って昨日からムズムズが続いているのだが、ちょうど今ポキポキと鳴らしてしまった。すごく気持ちよかったが、ものすごく「やっちまったなー」という後悔のような気持ちが沸いてきた。


外は雨が降ったり、止んだり。とりあえず自転車で行ける3つの店を回ってプロスピの値段を見てこようかな。

2015年3月30日月曜日

そろそろ復職できるのか、ていうか医者に直訴しなきゃゴーサインは出ないもんなのか

いよいよ明日は病院で4月8日ぐらいから復帰できるのか、またもや延長になるのか具体的な話をする予定。現在の診断書が「4月7日まで休みなさい。途中で復帰したいならそれでもいいけど。」というものなので、4月7日までフルに休んでいる。

ようやく物事を前向きに考えられることが増えてきた。今回の鬱を発症するまでは過去を振り返って「ああすればよかった」と気持ちよく思えるよりも、後悔したり、強制的に自分のケツを叩くために振り返っていた。現にジオシティーズ時代の過去日記を読み返していると、数年前から鬱になる予兆はあったかもしれないと1日分だけを読み返しただけで思った。

ていうか、鬱だという診断を受けた去年の12月の記事を読み返したらびっくりした。相当やばかったんだな。


会社復帰まで後1週間なのか、さらにもう1か月あるのか。このカウントダウンを意識し過ぎて無理ぽだった先月と比べて、今月は「仕事がしたい」と思う方が強くなったのを自覚できることが救いだ。金や誰かに何て言われているのかという不安は無くはないけど、それよりも仕事をしたいと少しずつ思えている。

まぁ、休みの間にやろうと思っていたことは大して実現できていないけど。そういえば三十路まで2か月をきっていた。興味があって買ったものの、山ほどある未読の本を読むにはどうすればいいのか。答えは簡単で、悩んでる暇があったら読め、ってだけなんだよな。めんどくせー、というのと戦うのは気持ちいいけど、ずーっと戦ってるんじゃなくて、とっとと勝てよ、というのが中学時代から続いているな。当時のほうがフットワークはルンルンだったけど。


とりあえず明日はどんな診断が出るのやら。てか、医者の話を全部受け入れるんじゃなくて、おれから「来週から会社に行きたいです」って質問される前に言わないといけないんだろうな。医者もそれを言われないとゴーサインを出せなかったりして。